ロシアの中学校で使っている英語の教科書が面白いのでそれについて書きます。
English 9と表紙にありますが、これは9年生用の英語という意味です。ロシアの学校は小中高一貫の11年制で、小学校は4年、中学校は5年、高校が2年なのですが、学年は通して言うことになっていて、9年生とは日本の中学3年生にあたります。
表紙にシェイクスピアの顔が見えるように、使われているのはイギリス英語です。写真やイラストもロンドンの街や名所、二階建てバスなどで、イギリスづくしです。生徒への課題はイギリスとロシアの文化を比較しましょうなどといったものが多く、特に自分で英語の文章を書いたりスピーチする課題では、ロシアの文化をいかに説明するかが中心になっています。ロシアでは「標準的な英語стандартный английский язык」と言う場合はイギリス英語のことを指します。構文や文法の説明などもこの「標準的な英語」を用いています。用いている単語の数は日本の教科書より多いように思われます。
比較対象として日本の教科書はどうでしょう。この本を手に入れた当時の私も中学生だったのですが、英語の教科書の内容を覚えている限り思い出してみましょう。私の学校では三省堂のNew Crownというシリーズを使っていました。しかし、その中では、日本の中学校がアメリカ英語を教えるからといって、とくにアメリカづくしというわけではありませんでした。むしろ、地域を限定せず、世界中のさまざまな文化や幅広い出来事をテーマにしていました。登場人物は日本人の加藤健と田中久美、中国人のヤン・メイリン、ケニア人のムカミ・カマウなど多国籍で、レッスンごとのテーマは、中国の漢字について、韓国人の食事のマナーについて、アイヌの文化について、イギリスの湖水地方について、キング牧師の演説、食糧不足や貧困問題について、など。英語を手段として世界中の出来事に興味を持とうというねらいがあるように感じられます。
英国の歴史や文化に的を絞ったロシアの教科書は、言語を用いる人々文化を学ぶという、語学の世界ではごく自然な興味関心に沿った内容であるといえます。ただし、やや内容が偏狭になりやすいという弱点があるといえるでしょう。たとえば私の高校時代の英語教科書のように、スヌーピーの作者チャールズ・M・シュルツの人生と仕事について扱うのは、アメリカのものということで対象からはずれてしまうわけです。
一方、日本の教科書のように世界中の文化・出来事を扱ったものは、とくに語彙レベルで見た場合はかなり豊富な語彙を扱うことができます。「地球温暖化」などユニバーサルな現象や、医療についてといった理数系の話題も手広く取り込むことができます。しかし、たとえば韓国の食事マナーでしたら、英語よりも韓国語を勉強した方がいいわけです。英語に万能感を持ってしまうと、ややもすれば英語で世界中のことにアクセスできるという過剰な発想につながるおそれがあります。地域ごと民族ごとの言語をたいせつに、英語以外の言葉を勉強することで英語を相対化することも大事ですし、それがひるがえって英語の勉強にもなるものだと私は考えています。
さて、二つの国の教科書を比べると、語学教材の題材、登場人物の造形やその会話の場面設定をいかにするかというのは、実は面白い研究テーマな気がしてきます。
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『外国語教材のテーマ設定っていろいろあるよね』の話
ここで、ちょっと話を英語から広げて、NHKラジオの語学番組について。NHKの語学講座は半年でワンクールなのですが、講師とテーマが変わります。2019年度春のまいにちフランス語は「世界のフランコフォニーと話そう」、2024年度春のまいにち中国語は「おとなりさんと中国語で話そう」です。
この年度のフランス語の講師はお茶の水女子大学の小松祐子先生。フランス語と聞いて日本人がパリやフランスを想像するというイメージをいったん脇に置いて、フランス語が特にヨーロッパやアフリカ、南太平洋の国々、カナダのケベック州など世界中で話されているということに目を向けています。会話の主人公はモロッコ出身のレイラとフランス人のエマニュエルで、仕事の出張や旅行でベルギーやブルキナファソ、ニューカレドニア、カナダなど各地に旅します。実際のところ、フランス語が広い地域で用いられているのは植民地主義の結果ではあります。とはいえフランス語圏のさまざまな文化を見ることはフランス語学習者にも必要な視点なのかもしれません。
もう一つ、明治学院大学の西香織先生が担当するまいにち中国語のテーマは、日本にある中国語話者とのコミュニケーションでした。日本を舞台に、街の公園で出会った福建省出身の老人、日本の高校に転校してきた中国出身の生徒、電車がわからず困る観光客、老人ホームで生活する于さん、マンションで隣に引っ越してきた高さん一家などと、日本人が日本在住の中国人と仲良く会話するというもの。
NHKの語学番組は、毎回テーマが変わるので、一つの教材の世界観やテーマばかりでなく、複数のものを学習し、豊かな体験ができるものなのかもしれません。
再びロシアに話を戻すと、ロシア語も教材のテーマが幅広い言語です。NHKの講座を例に挙げれば、伝統的によくあるロシア文学の講読や、モスクワ、サンクトペテルブルグを舞台にした、いかにもロシアといったテーマの雰囲気の講座もあります。一方で、極東やシベリアの都市を舞台に、各地の少数民族を取材したテレビ講座(沼野恭子先生)や、2015年春のまいにちロシア語『サンクトペテルブルクからカスピ海を目指して』(鳥山祐介先生)のようにロシア中央にも多くあるジョージアレストランについて言及した回など、異なる視点の講座もあります。
NHK以外は無いのか、という突っ込みが来そうなので他の例を挙げると、関西大学のロシア語の教科書『こんにちは、ピロシキ!Можно говорить по-русски?』では、キルギスについて紹介するページがあり、あるネット投稿では、編纂者にキルギス滞在経験があることが反映されているそうです。実際、ロシア語を話す地域はロシアに限らず、ソ連時代の歴史を持つ中央アジアの国々やバルト三国などといった隣国があります。また、ロシア語学習の動機として、こうした中央アジアの言語のほかに、ロシア連邦の中にあるサハ人やモンゴル系民族、ツングース諸語などの各民族の言語を勉強するために、資料が豊富なロシア語を先に学ぶというものがあります。
ロシア語を使う世界にこのような形で多様性があるのは、良し悪しという問題ではなく、ロシア語やロシアの置かれた実情でもあります。ロシア語を学習する人々には、タジキスタンのタジク語を勉強したくてロシア語を始めた、という人もいれば、そうではなくトルストイやドストエフスキーに興味があってロシア語を勉強したという人もいます。バレエやピアノの留学や仕事でロシアに行くという人もいます。カザフスタンに出張、ということでロシア語を勉強する人もいると思います。しかしいずれのパターンでも、ロシア語を勉強する運命になった以上は、モスクワやサンクトペテルブルグの文化以外の視野を持つ必要があるのかもしれません。
(市川透夫)
