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「霧に包まれたハリネズミ」
Ёжик в тумане
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ロシアのアニメーション作家ユーリー・ノルシュテインは、ロシア関係者のみならず、多くのアニメ愛好家の間で知られる伝説的なアニメ監督ですが、代表的作品のうちに「霧に包まれたハリネズミ」があります(これは本邦初公開時のタイトルで、現在は「霧の中のハリネズミ」というタイトルで紹介されることが一般的です)。
アニメ会社ソユーズ・ムリトフィルム(連邦アニメーション)の公式ユーチューブでも公開されているので、字幕が必要なければだれでも鑑賞できます。
ところで、この作品はもともとセルゲイ・コズロフという童話作家のごく短い作品がもとになっています。アニメの方に登場するフクロウやイヌ、友達のコグマくんとの話は原作には登場しません。しかし、原作のロシア語文が持つ幻想的な雰囲気は、映像で何倍にも増幅して表現されていて、見る人を惹きつけてやまないと言えます。コズロフの原文は3ページほどの小編ですし、アニメの方もロシアのアニメとしては一般的な10分程度の短い話ですが、時間を忘れて夢中になって観ることができます。(もっとも、セルゲイ・コズロフのこのシリーズは子熊くんとハリネズミくんがメインキャラクターなので、それを踏まえているといえます。)
以下に、おそらく日本では現在翻訳が入手困難な、セルゲイ・コズロフ原作「霧に包まれたたハリネズミ」の拙訳を掲載します。アニメと比較などするといろいろ面白いと思います。
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三十匹の蚊たちが野原に飛び出て、バイオリンのような羽をきいきい鳴らしていました。雲の向こうから月が出てきて、微笑みながら空に浮かんでいます。
「モオー・・・」川の向こうで牛さんがため息をつきました。犬さんが吠えだし、四十羽の月のウサギくんたちが道を駆けだしました。
川の上には霧が立ち、悲しそうに白馬が胸までその中につかり、それはまるで大きな白いアヒルさんが霧の中を泳いでいるようでした。そして鼻をブルルと鳴らすと、霧の中に首を降ろすのでした。
ハリネズミくんは松の木の下にある小山に腰かけて、月の光に照らされながら霧の中に埋まった谷間を見ていました。
それはとても美しかったので、ときどき身震いしながら、これは夢ではないかしらと思いました。
いっぽうで蚊たちはバイオリンを疲れず弾き続けるし、月のウサギくんたちは踊りを踊り、犬さんたちは吠えていました。
「誰かに話しても信じてもらえないだろうな。」とハリネズミくんは思うと、さらにじっくりと眺めだし、このきれいな景色を一本の草まで心に残そうとしました。
「あ、流れ星が落ちた。」ハリネズミくんは気が付きました。「それに草が左に傾いたし、樅はてっぺんしか残っていないし、樅は馬の横で泳いでる・・・でも気になるな。」ハリネズミくんは考え続けました。「馬さんは寝るとき、霧の中でむせたりはしないだろうか?」
そこでハリネズミくんはゆっくりと小山を下り、霧の中に入って、中がどのようになっているか見ようとしました。
「この通りさ、何も見えない。」とハリネズミくんは言いました。「自分の手も見えない。お馬さん!」ハリネズミくんは呼びかけました。
しかし馬さんは何とも答えませんでした。
「お馬さんはどこだろう?」ハリネズミくんは考えました。そしてまっすぐ這っていきました。あたりは音がなく、暗くてしけっていて、高く高く上のほうでだけ空が弱々しく光っていました。
ハリネズミくんは這って進み続けていくと、とつぜん地面がなくなり、どこかに飛んでいくような感じがしました。
ボチャン!
「川の中だ!」ハリネズミくんは怖くてぞっとしながら考えました。そして両手両足であらゆる向きを叩き始めました。
ハリネズミくんが水の中から飛び出ると、元通りあたりは暗く、ハリネズミくんはどこに岸があるかも分かりませんでした。
「川の流れに運んで行ってもらおう!」と思いました。できるだけ深くため息をつくと、流れに乗って川下へと運ばれていきました。
川の水は石にぶつかってばしゃばしゃいい、もりあがったところでぶくぶくいい、ハリネズミくんは体がすっかり濡れてもうすぐ沈むのではないかと思いました。
そこでとつぜんなにものかに足を触られました。
「すみませんが。」しわしわ声でなにものかが言いました。「あなたはどちらさまで、どうやってここにきたのですか?」
「ぼくはハリネズミです。」ハリネズミくんもしわしわ声で答えました。「ぼくは川に落ちたのです。」
「それでしたら私の背中にお乗りください。」しわしわ声で何者かが答えました。「私が岸に連れてさしあげます。」
ハリネズミくんはなにものかの狭くてすべすべする背中に乗り、少しするともう岸についていました。
「ありがとう。」ハリネズミくんは声に出して言いました。
「どういたしまして。」ハリネズミくんが今まで見たこともないなにものかが、しわしわ声で言い、波の中に消えていきました。
「すごい話だよ。」ハリネズミくんはブルブル水を払いながら心に思いました。「だれが信じるもんか?」
そして霧の中へとはいずりこんでいくのでした。
(市川透夫)