2016年7月17日日曜日

『百万本のバラ』はロシアの歌


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『百万本のバラ』
"Миллион алых роз"
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『百万本のバラ』といえば、歌手の加藤登紀子さんが歌っている曲です。

貧しい画家がいて、女優に恋をし、有り金をはたいて百万本のバラをプレゼントするが、
恋はかなわない、という歌です。

実は、これはもともとロシアの歌謡曲です。

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ロシアでは、ソ連時代にアーラ・プガチョーワという歌手が歌ったのですが、あちらでもかなり有名な曲なのです。

このアーラ・プガチョーワは、年齢的には中年ですが、芸能人だけあって見た目が若いです。今でもロシアの芸能界では影響力を持っているようで、向こうのタブロイド紙なんかでも写真がデンと一面に載っていたり、なんというか大御所のオーラをかもしだしています。

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『百万本のバラ』の、ロシア語でのタイトルは、『ミリオーン・アールィフ・ロース』といいます。
ミリオーンは英語のmillionと同じ、最後のロースも英語のroseと一緒です。
真ん中の「アールィフ」というのは、赤い、という意味なのですが、赤の中でも鮮やかなものを指し、「真っ赤」「真紅」という意味で使う、詩的な言い方です。

くしくも、前回のブログで『紅い帆(アールィエ・パルサー)』という小説を紹介しましたが、そこでも同じ単語を使っています。

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ところで、日本語の『百万本のバラ』で知られる加藤登紀子さんですが、最近テレビで見た情報では、新宿にあるロシア料理レストランのオーナーでもあるそうです。

なんでも、もとは加藤登紀子さんのお父さんが50年以上前に開いたお店で、昔は白系ロシア人のコックさんが、故郷の味をふるまっていたとのこと。

こんなところでロシアとのつながりがあったことが、やがて、あのヒット曲を歌うことにつながったのかもしれません。

ちなみに日本にはロシア料理のレストランがけっこうあるので、探してみると意外と近所にあったりします。

(市川)

2016年6月20日月曜日

小説『紅い帆』(A・グリン)


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『紅い帆』
原作 A・グリン
А. Грин "Алые паруса"
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 ロシアで二番目の都市サンクト・ペテルブルグでは、毎年6月に非常に大きなお祭りが開かれます。

 それは「赤い帆」と呼ばれる催しです。「宮殿広場」(エルミタージュ美術館の前の広場)でコンサートをしたり、花火を打ち上げたりします。メイン・イベントとして、街を流れるネヴァ川には、イベントの名前にもなっている「赤い帆」をつけた船が浮かべられます。私はこのお祭りには行ったことがないのですが、調べてみる限りかなり大規模なイベントみたいです。

 これは中学・高校の卒業生を記念するもので、ソ連時代、サンクト・ペテルブルグ(当時はレニングラード)で始まって以来、いまでも続いています。ロシアでは学年暦が9月始まり・5月終わりなので、卒業式が終わって間もないこの時期に行うわけです。

 私がロシアに留学していた頃はずっとモスクワにいたので、こんなお祭りがあるとは少しも知らなかったのですが、このお祭りのモチーフである『赤い帆』については書くことができます。

 『紅い帆』Алые паруса)というのは、ロシアの作家アレクサンドル・グリンの小説です。

 舞台は海辺にある町。ヒロインは、アソールという少女。このアソールは、想像力豊かで、個性的であるがために、街の人々からは変わり者扱いされています。しかし、アソールは子供のころからの夢を忘れないで、前向きに生きていました。

 その夢とは、子供だったアソールが、一人の老人から聞いた物語でした。紅い帆を張った船が、この海辺の町にやってきます。その船には王子様が乗っていて、アソールを連れて永遠の旅へと旅立つのです。

 果たして紅い帆を付けた船が、アソールの町にやってくるのはいつなのか。どんな運命が少女を待っているかというのは、小説を読んでのお楽しみです。

 ロシアでは有名な話で、子供時代に読んだことがあるという人は多いようです。

 この小説は、実は日本では原卓也先生が『深紅の帆』というタイトルで翻訳しています。原卓也先生というと、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を翻訳されてますが、こんな童話も訳してたんだなあ、という感想。

 しかし現在、原卓也訳『深紅の帆』は絶版になっているようです。ネット通販でも若干の在庫が残っているだけという状況です。Amazonでは3冊ぐらいありましたが、その内1冊は先日私が注文しちゃったので、残り2冊ですね。

 せっかく面白い物語なのに残念...ということで、ここだけの話、私(筆者)は、ほそぼそとこの小説を翻訳しています。

 誰か身近な人に読ませる、でもいいのですが、もしできたら売り物にしたいです...。そうすると権利とか法律の問題とかいろいろ調べなきゃいけなくて、非常に面倒なのです。作者グリンは何十年も前に没しており、翻訳権上の問題もないはずなので、たぶん大丈夫かな、とは思いますが。

 ここまであえて「赤い帆」といわずい帆」と書いたのも、私が翻訳するときあえてこの字を選んだためです。

 ということで、いつになるか分かりませんが『紅い帆』をいずれお目にかけたいと思います。

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ちなみにYou tubeでは、『紅い帆』の映画が見られます。
https://www.youtube.com/watch?v=5YzwW4hxrx4

(市川)

2016年5月5日木曜日

カチューシャをかぶったエカテリーナ


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ロシア愛唱歌『カチューシャ』
Песня "Катюша"
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ロシアの有名な歌でカチューシャというのがあります。

〽りんごの花ほころび 川面に霞たち
君なき里にも 春はしのびよりぬ
君なき里にも 春はしのびよりぬ

日本では歌声喫茶という場所でよく歌われているようです。ロシアの歌としては日本で最も有名な歌ではないでしょうか。
これはもともと民謡ではなく、作曲者も作詞者もはっきりしているソビエトの歌謡曲なのですが、あまりに広く普及したがために、ほとんど民謡化しています。

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ここでタイトルになっている「カチューシャ」というのは、頭につける髪留めのことではなく、女性の名前。
正式にはエカテリーナといいます。カチューシャは、その短い形です。

さてこの『カチューシャ』という歌は、戦場で、一人の兵士が恋人のカチューシャを思い出している、という内容。戦争が背景にある曲です。
ロシアでは、5月9日の戦勝記念日になると必ず歌われます。

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ところで、頭に留めるあの道具を「カチューシャ」というのは、どこから来たのでしょう。
ロシア語ではこの道具を「アバドーク(ободок)」というので、ロシア語の単語が日本に入ったわけでもなさそうです。

では、ここである有力な説を紹介しようと思います。あくまで一つの説に過ぎないことに注意しましょう。

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ロシアの文豪・19世紀文学の巨塔の一人、レフ・トルストイは、老年に『復活』という小説を書きました。
作品は発表後にすぐさま世界各地で翻訳され、映画が作られ、演劇にもなりました。
この物語のヒロインはエカテリーナ・マースロワ。もうお分かりの通り、愛称はカチューシャです。

さて、この小説の中でカチューシャが頭に例の髪留めをしたのか?というとそうではありません。小説にはそのような描写は無いのです。

ですが、トルストイの作がこの日本で、演劇として上演されたときのこと。ヒロイン役の女優が、頭にかぶりものをつけていました。当時は珍しかったけど、なんだかかわいくておしゃれなその飾りを、日本人はいつのまにかヒロインの名前にちなんでカチューシャと呼ぶようになったとさ。

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もしこの説が正しければ、髪留めのカチューシャはいずれにしてもロシアと深いかかわりがあるということが分かります。

(おまけ)
実は、日本語の中にはロシア語からきた単語はけっこうあります。

イクラ
(石油の)コンビナート
インテリ
アジト
(仕事などの)ノルマ
ペチカ
(文:市川透夫)

2016年4月17日日曜日

ロシアの神話

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神話
Мифология

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文学にはいろいろなジャンルがあります。小説や詩歌もありますし、このブログでは子供向けの作品や、フォークロアをメインに書いてきました。

ところが、まだ神話については一度もふれていません。

日本には、日本人に知られる神話がいろいろあります。
大国主命や、ヤマトタケルという名前は有名ですし、「いなばの白うさぎ」はよく絵本になっています。

では、ロシアにはそもそも神話があったのでしょうか。
その答えは、すぐには出せません。

今でこそロシアはキリスト教の国ですが、キリスト教がやってくる前の大昔のロシアには、土着の信仰がありました。日本人と同じように、自然界にいるさまざまな神様を崇拝していたのです。

ところが、ロシア文学の本や、記事をいろいろ見ても、具体的にどんな神話があったかについてほとんど分からないのです。

ときどき、昔のスラブ人が信仰していた神様の名前(ペルーンやヴェルス)というのが出てきても、それらが登場する物語や伝説について語る資料が、なかなか見つからないのです。

ロシアの神話ってどんなものだろう?

もっと、ギリシア神話みたいに誰誰という神様が誰誰と恋に落ちて、とか、そういうのはないのでしょうか?

と思っていたら、ちょうど、ロシア文学史の本に、神話についての記述がありました。


「...ところが、ロシアの場合は違います。ギリシャのように壮大な体系の神話も、アメリカ原住諸族のように混沌とした豊富な神話も、アフリカのある地方のようにフォークロアと密接に入り組んだ神話も、ロシアには(一般に、スラブ族には)ありませんでした。あるのは、フォークロアや伝説の中に散在する神話の断片だけです。」
(藤沼貴『ロシア文学案内』岩波文庫)


やはり、ロシア(やその他スラブ人)の神話といっても、かろうじて神様の名前がいくつかあがるだけで、私が期待している、ギリシャ神話や、日本の神話みたいな、壮大な物語は、どうもロシアには無いようです。

それでも、一つでいいから何か物語はないものかと探してみると、ロシアの学校で使っている国語の教科書に、神話についてのページがありました

ただし、ここにも、残念な前置きがついていました。「スラヴ人の神話は保存されなかった。神話があるとしたら、それは研究者たちのメモや、一部の小説家たちの作品にバラバラな形で残っている。」とのことです。やはり、断片的な研究資料をつないで、作家たちが足りない部分を想像などで補って創作した『神話』がある、という程度のようです。

そして、一部の小説家が書いた神話の例として、こんなものが載せられていました。ブース・クレセーニ、「ロシアの知らせ」という本に入っている「大地の創造」という話です。

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「大地の創造」

 明るい光が誕生するまでは、この世界は底なしの闇に包まれていた。暗闇の中にただ一つあったのが、ロード(ロシア語で「祖」「生まれ」の意味)という、私たちの最初の祖先である。ロードは天の神スヴァローグを産み、その中に強い魂を吹き込んだ。ロードはスヴァローグに、四つの頭を与えた。世界を見渡せるように。何ものも隠れることのできないように。世界で起こっているあらゆる事に目がとまるように。

 スヴァローグはソーンツェ(太陽)のために、青い天球へと道を作りはじめた。その上を、日々が馬のように駆け抜けていけるように。朝がきたら昼間が燃えるように。昼間のあとに夜が飛んでくるように。

 スヴァローグが空をただよいながら、自分の支配する世界を眺めていた。そこでは、ソーンツェ(太陽)が空を転がっていた。明るいメーシャツ(月)は星々を眺めていたが、その下ではオケアーン(大海)が広がっていて、波を打ち、泡を立てていた。スヴァローグは自分の支配する世界を全て眺めたが、ただ一つ、母なるゼムリャー(大地)が見つからない。
 「ゼムリャー(大地)はどこだ?」スヴァローグはがっかりした。

 そこでスヴァローグは気が付いた。オキアーン(大海)の中に、小さな小さな黒い点が見える。それは点ではなかった。それは、灰色の泡から生まれた、灰色のカモが泳いでいたのである。
 「ゼムリャー(大地)がどこか、お前は知らないか?」スヴァローグは灰色ガモに尋ねた。
 「ゼムリャー(大地)は私の下にあります。オケアーン(大海)の深いところに埋まっています。」

 灰色のカモは三度オケアーン(大海)の中にもぐりこみ、三度目には、一握り分の土をくちばしにくわえてきた。スヴァローグはゼムリャー(大地)を掴むと、手の中でもみ始めた。

 「赤きソーンツェ(太陽)よ、暖めておくれ、明るいメーシャツ(月)よ、照らしておくれ、風よ、激しい風たちよ、吹いてくれ!力を合わせて、土から、母なるゼムリャー(大地)を作りだそう、恵みの大地を...」

 スヴァローグが土をこね、ソーンツェ(太陽)が暖めて、メーシャツ(月)が照らして、風たちが吹いた。風たちが、土をスヴァローグの手から吹き飛ばすと、土は青い海の中に落ちた。赤きソーンツェ(太陽)がそれを暖めると、殻をつけた母なるゼムリャー(大地)が焼き上がった。明るいメーシャツ(月)が、それを冷ました。

 このようにして、スヴァローグは母なるゼムリャー(大地)を創造したのである。

(『文学 5年生 上巻』啓蒙出版より。)

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(文と訳:市川透夫)

2016年4月13日水曜日

宇宙飛行士の日


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宇宙飛行士の日
День космонавтики
4月12日
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4月12日はロシアでは「宇宙飛行士の日」です。
ソ連時代に、ユーリー・ガガーリンが世界で初めての宇宙飛行に旅立った日です。

ロケット発射の時に言った有名な言葉は、

Поехали!
パイェーハリ!
「出発!」

というごくシンプルなものでした。
もう一つガガーリンが言った言葉としては、「地球は青かった」というものがあります。しかし、本当にそう言ったという証拠が実はありません。私は、青い地球を見ながら、地上との通信でそんなコメントをしたのかと思っていたのですが、そうでもないようです。
一節によると、地球に戻ったあとのインタビューで、「地球は青いベールをまとった花嫁のようだった」などと言ったのが元だそうですが...

さて、ロシアではこのような祝日があると、外でお祭りが開かれます。

モスクワにある宇宙飛行士記念博物館(Музей космонавтики)は無料で開放されるのですが、私がモスクワ滞在中に行ってみるととても長い行列ができていました。

で、私は博物館の中に入るのは止めたのですが、代わりに博物館の敷地内で、屋外コンサートが開かれていました。歌や踊りやダンスやサーカス団のパフォーマンスがいろいろとありました。
さて、このコンサートの締めくくりには、ステージ場に横断幕が垂らされました。
そこには、こんなメッセージが。

Будь первым!
最初の人になれ!

最初の宇宙飛行士ガガーリンにちなんでのメッセージです。何において最初になるかどうかはともかく、とりあえず最初になれ、という意味のようです。

むむ、別に最初にならなくてもいいのでは、と思うのですが...

そういえば日本人が最初にやったことってなんだろう。
カラオケや新幹線みたいに、「独自の発明」をしたものはあるのですが、
他の国との競争において一番乗りになったこと、っていうとあまり思いつきません。
IPS細胞なんかそうだっけ...

宇宙飛行士博物館のモニュメント。
とても高く、宇宙を目指して伸びている。

宇宙飛行士博物館のすぐそばにある、ホテル「コスモス」。

(文と写真:市川透夫)


2016年4月10日日曜日

プーシキン『ルスランとリュドミーラ』


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「ルスランとリュドミーラ」
Руслан и Людмила
作:A.S.プーシキン
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詩、と聞いてどんなイメージをお持ちでしょうか。
詩やポエムと聞くと、なんだか非常にロマンチックで、高尚で、なかなか一般人の手に届かないところにあるもの、というイメージがあります。

しかしロシアでは詩は、少なくとも日本と比べれば、非常に身近な存在です。
まだ小学校にも入っていない子供が、プーシキンの詩を暗唱したりするぐらいです。
私のロシア人の友人にも、詩を作るのが好きな人がいます。
そして、ロシアでは詩を書く人というのは大変尊敬されています。

私のロシア人のツレは言いました。

В России поэт больше поэта.
(ロシアで詩人は詩人以上の意味を持っている)。

ロシア文学といえば、外国ではトルストイやドストエフスキーが有名ですが、ロシア国内で一番偉いのは、詩人のプーシキンという人なのです。
外国で詩人があまり有名にならないのは、ロシア語が持っている詩のリズムや面白さが、翻訳ではなかなか伝えられないためです。

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『ルスランとリュドミーラ』という叙事詩があります。
ロシア文学の名作の一つ、作者はプーシキン。

この物語は、王子様が冒険の旅に出る話です。
さまざまな苦難を乗り越え、最後に悪い魔法遣いをやっつけると、お姫様を救い、結婚するというもの。
ロシアの様々なフォークアを元に、プーシキンが作り出したおとぎ話です。

この人は詩人。「ルスランとリュドミーラ」も、全体がリズムを持った詩です。

さて、この王子様とお姫様の物語には、冒頭に序詩が捧げられています。
それは、このおとぎの国へと読者をいざなう、幻想的で面白くてわくわくする名文だと思います。
ロシア人の間では、とても有名です。

「入り江のほとりで」

入り江のほとりには、青く茂った樫の木。
その樫の木には、金の鎖がかかっている。
昼も夜も、学者のネコが、
鎖のまわりをぐるぐる歩き続ける。
右に歩いては歌を歌い、
左に歩いては物語を語る。

そこでは奇跡が起こる。森の妖精がぶらつきまわる、
水の妖精が木の枝に座っている。
そこでは知られざる道の上に、
見たこともない生き物の足跡がある。
ニワトリの脚がついた木の小屋が、
窓もドアもないまま立っている。
森も、谷間も、幻に満ちている。
朝日が昇る頃、海から波が、
ひとけもなく悲しげな岸の上に打ち寄せて、
三十人の美しい戦士たちが、
次々に水の中から、輝きながら現れる。
戦士たちには海の大王がついている。
そこでは王子様が通りすぎて、
悪い王様を連れ去っていく。
そこでは、民の見ている前では、
雲の中を飛んで、森を越え、海を越え、
魔法使いが、勇士を連れて飛んでいく。
暗闇の中では、お姫様が泣いている、
それにはオオカミが忠実に仕えている。
そこでは、バーバ・ヤガーを乗せた木の臼が、
ひとりでに、のろのろ動き回っている。
そこではカシチェイ王が黄金の上で嘆いている。
そこにはロシアの魂がある...ロシアの香りが漂う。
私はそこにいって、ハチミツ酒を飲んでいた。
海のそばで私は、青く茂った樫の木を見た。
その下に座っていると、学者のネコが、
私に物語を語ってくれたものだ。
そのうちの一つを私は覚えている。その物語を、
私がいま世の中の人々に聞かせよう...
(訳:筆者)

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日本人にとってはやや謎めいた部分もありますが、実はここにはロシアのおとぎ話に登場するモチーフがぎゅっと詰め込まれています。

ロシアの素朴な民衆の間に、何百年ものあいだ語られてきたおとぎ話を、プーシキンは近代になって詩として再構成したのです。

今ここに挙げた「入り江のほとりで」に始まる部分は、あるロシア人いわく、「保育園で暗記した」とのことです。
プーシキンが「国民詩人」と言われるのも分かる気がします。

モスクワ郊外にある「学者のネコ」像

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日本語版

昔むかし、おばあさんが川へ洗濯に行きました。
すると川上から大きな桃と、お椀に乗った一寸法師が流れてきました。
家に帰って桃を割ると、桃太郎と金太郎が出てきました。
桃太郎jと金太郎と一寸法師は、鬼ヶ島へ鬼退治に行きました。
鬼ヶ島では鬼たちが亀をいじめていました。
英雄たちが亀を助けると、亀はお礼に、みんなを竜宮城へ連れて行きました。
竜宮城ではおにぎりがおむすびころりんすってんてん(以下略)

(文:市川透夫)

2016年4月9日土曜日

ロシアの桜(2)

以前は、チェーホフの『桜の園』に出てくるサクラが一体なんなのかについて出来る限り考えてみたわけですが、今回は別の作品に出てくるサクラを考察しようと思います。

それは、ゴーゴリの『五月の夜、または身を投げた女』です。

この小説はずっと前にこのブログで紹介しましたが、私が個人的に翻訳し、絵本にした作品でもあります。

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さて、翻訳という作業をしているとさまざまな困難にぶつかりますが、その一つに、「植物の名前をどう翻訳するか」という問題があります。

植物の名前というのは、ロシア語と日本語では一対一で対応していない場合が多いので、自分では正解だと思う訳をつけても、花に詳しい人から見れば違うということがあるのです。

仮にロシア人を相手に通訳するのであれば、「これはヤナギの一種です。ロシアで見るヤナギとはすこし違うと思いますが」といえばその場をしのげます。

ですが、これはあくまで緊急対処法にすぎません。文学作品や学術論文といった文章を翻訳をするとなると、「ヤナギの一種」ではなくて、きちんとした日本語訳をつけなければなりません。

つらいことに、ゴーゴリの「五月の夜」には、植物が頻出します。
ここでは、作品に出てくるサクラやその仲間にあたる植物を挙げます。

вишня(ヴィーシニャ) オウトウ
черешня(チェレーシニャ) セイヨウミザクラ、甘果オウトウ(ヨーロッパ産オウトウの一種)
черёмуха(チリョームハ) エゾノウワミズザクラ

右につけた和訳は、「岩波ロシア語辞典」によります。
やはり一対一対応してない可能性があるので、あまり露和辞典の訳に頼るのは心もとない気がします。
それに、「セイヨウミザクラ」ではなんだか説明的で、いかにも翻訳調という感じがするし、また読者にはイメージしづらい。
この物語において植物とは、ウクライナの夜の風景を美しく彩る大切な要素だと思うので、やはりポエティカルで、かつ分かりやすい翻訳にしたいと考えました。

そこで、前回「桜の園」でやったように、まず学名などを調べ、植物としての正確な分類を把握することから始めました。さらに、日本語としては、普段の生活でもなじみがあり、分かりやすい単語の中から、もっとも意味的に近く、訳としても無難(と思われる)ものをあてることにしました。

結果として、私はこのような形で翻訳することにしました。

вишня(ヴィーシニャ) サクラ
черешня(チェレーシニャ) サクランボ
черёмуха(チリョームハ) イヌザクラ

さて、ここで「イヌザクラ」については注意する必要があります。
学名を調べてまでして正確さに注意を払ったにも関わらず、ここで言わなければならないのは、「イヌザクラ」は正確とはいえないということです。

まずロシア語のチリョームハは、Prunus padusです。

チリョームハは、Prunus padusなのだから、素直にPrunus padusを日本語でなんというのか探せばいいのではないかという話になります。

ところが、Prunus padusを日本語にすると、「エゾノウワミズザクラ」というえらい長いものになります(上の露和辞典の訳は正確だったといえます)。エゾをとって「ウワミズザクラ」にしたらそれは別の種類になってしまうし、どちらにせよ七文字というのは長い気がする。「エゾノウワミズザクラ」を文章の中に入れてみると、なんだかリズムが良くない感じがする。

そこで、私は昔の人がどう訳したかを参考することにしました。昔の人とは誰かというと、明治時代のロシア文学翻訳家、二葉亭四迷です。
二葉亭四迷といえば、ロシアの小説を精密な逐語訳によって翻訳し、明治の文学界に新しい風を吹き込んだ人物。
二葉亭なら、明治時代らしい抒情豊かな日本語で、このチリョームハを翻訳したかもしれない。
そこで探してみると...

「犬桜」*

はて。
日本語のイヌザクラ(犬桜)はPrunus buergeriana。なんだかまた新しいものがでてきた。もしかして誤訳だろうか。しかし誤訳になるにしてもなっただけの理由がありそう。

そこで、ためしに、このイヌザクラの写真を探してみると...

写真で見たところ、「イヌザクラ」とは、桜に似た花が集まって、細長い房を作っていて、ぱっと咲いたところは華やか。六月には、サクランボより小さな実を結ぶ。

なんだか、ロシアの「チリョームハ」と似ているのです

そして、私はチリョームハは「イヌザクラ」にしてしまいました。違うのは分かっているけれども、形がよく似ているし、第一に「二葉亭四迷が訳をつけた」という意味で、何らかの権威がある。何か指摘されたときは「でも二葉亭が...」と言い訳すれば済む(?)。

ちなみに、ここに挙がったサクラやその仲間の名称は、別に高度な専門用語ではなく、ロシアではごく一般的な植物です。街にも咲いていますし、スーパーにいけばジャムが売っています。

というわけで、「サクラ」をめぐる問題は、いったんここで考えるのをやめとしました。

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*二葉亭四迷は、同じくゴーゴリの書いた作品『むかしの人』の中で、この訳をあてています。『むかしの人』は、一般的には『昔気質の地主たち』というタイトルで翻訳されています。「五月の夜」と同じくウクライナを舞台にした物語です。

⦅追記⦆
やはりチリョームハの訳語として、「イヌザクラ」という別品種の名前をあてるのは間違いという考えが強くなりました。エゾノウワズミザクラが長くてダメなら、ここはひとつ、「房桜」「ジングル桜(?)」とか造語しちゃうのも手かもしれない。
(2018年3月20日)

(文:市川透夫)