2016年10月10日月曜日

ロシアの古都へ ~コストロマー~

ロシアを旅行するときの観光ルートに「黄金の環」というのがあり、ロシアの古い町が輪を描くように並んでいます。

前回はヤロスラブリをご紹介しましたが、今回はコストロマーについてです。
コストロマーは、ヴォルガ河畔にある歴史ある町です。
水運や商業で発展した町なので、おみやげ品も、船や市場をモチーフにしたものが多いです。

真冬にいったため、あたりは雪でおおわれ、気温はマイナス20度でしたが、だからこそ旅は印象的なものとなりました。

コストロマーはとても素敵な町なので、夫婦や恋人と行くにもうってつけです。

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ロシアの古都へ ~コストロマー~
В Кострому, древний русский город





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モスクワからコストロマーは北へ340キロ。汽車は夜行列車しか通っていませんでした。
夜12時くらいに出発し、到着は朝6時。


到着したときにはまだ暗く、お店はどこも閉まっていて、ホテルのチェックインもまだ先。しばらく駅の中でひと眠りすることにしました。

明けてきたので、駅からバスに乗って、街の中心部まで行きます。

町の中心「スサーニン広場」。
イワン・スサーニンは、現コストロマー州出身の農民ですが、
17世紀のポーランドのロシア襲撃の折に、
命をかけて国を守ったことから、ロシアの英雄となっています。

ふつうロシアの古い町といえば、クレムリン(お城の跡)がありますが、この町はクレムリンは見たところありません。残っていないのか、それとも無かったのか。
かわりに、町の中心に、二つの商業アーケードが、向かい合うように並んでいます。アーケードの敷地に入ると、にぎやかな市場です。
クリスマスが近かったため、あちこちのお店で、お菓子やプレゼントが売っていました。

アーチがいくつも並んだ、趣のある商業アーケード。
こういった昔ながらの市場が多いのも、
ロシアの魅力です。

これからホテルに向かいます。


さすが冬のロシア、ヴォルガ河が、凍ったまま雪で覆われています。
ふと、私がむかしロシア語の教科書で読んだ一文が頭に浮かびました。

Зимой Волга спит под снегом, а сначала весны до конца осени она живёт.
「冬、ヴォルガは雪の下で眠っているが、春の初めから秋の終わりまで、河は生きている」

河が雪の下で眠っているとはこういうことなのか、と初めて分かったのです。

そしてこれがホテルです。


このホテルはもともと、船の船着き場だったところですが、それを宿泊できるように作り直したところです。窓からはオーシャンビューならぬリバービューが見え、雰囲気は最高です。
ちなみに値段も一般的で、朝食付きなので、非常にオススメです。

これから観光です。
一番の名所、「イパーチエフスキー修道院」に向かいます。

路線バスに乗り、橋を渡って、ヴォルガ河の向こう岸へ行きます。

橋の上から、向こう岸のイパーチエフスキー修道院を望む。

中世ロシアの世界へ。


中には、聖堂や、僧房があり、ロシアの歴史と宗教を伝える展示があります。

金の糸で織った刺繍のようです。

外を出ると、もう真っ暗になっていました。
冬のロシアは、一日が非常に短く、午後5時にもなればもう真っ暗になってしまうのです。

都会のネオンになれていましたが、
この暗闇に入ると、ふと原始的な気持ちになり、
「中世のロシアも、夜はこれより暗かったんだなあ」と思いを馳せるわけです。

この日、もう一つ行きたい場所があったのです。それは、「木造建築博物館」。敷地の中に、木造建築が集まって、村のようになっている場所です。

暗くなって、もうとっくのとうに閉まっているのでしょうが、ダメ元で行ってみることに。

...やっぱり門が閉まっていました。

コストロマーへの滞在は二日、翌日の夕方には町を出なければならないので、そうすると明日のスケジュールはどうなるだろう、などと思案に暮れていました。

するとそこへ、ニャーと言いながら一匹のネコが近づいてきました。
おそらく博物館で飼っているネコなのでしょうが、夜の間、博物館を守っているのかもしれません。

ネコはまだ小さく、しかしとても人懐っこく、私へとすり寄ってきたのです。こんな寒いところで私のような旅人に寄ってくるネコが、なんだか可哀そうになってしまいました。

明日もまた来るからね~と約束して、とりあえず帰ることに。

朝まだき、ホテルからの眺め。ヴォルガ河は凍っている。

昨日は入れなかった木造建築博物館へ。


ロシア各地の木造建築が集められた、公園のようなところです。夏はさまざまなイベントをやっていて、家族連れで賑わうようですが、冬にはほとんど人影がなく、ときどき風吹が吹き、あたりは荒涼としています。


ロシアの民話に出てくる「ペチカ」という暖炉が見られ、農民の暮らしも分かります。
ロシアのフォークロアの世界を勉強するには、このような場所がうってつけです。

バーバ・ヤガーが住んでいる、「ニワトリの足がついた家」です。

さて、ひとしきり展示を見たところで、私は思わぬ再開を果たしました。


あのネコ!!!

またも私に近寄ってきて、ニャー、ニャーと、何かを話しています。
私のことを覚えてくれていたのでしょうか、それともただ人懐っこいのか...


建物に目をやると、けっこう仲間がいるみたいです。

再会したネコは頭をなでてやりました。旅の出会いは一期一会、次に会えるときはいつになることか...

この他に、コストロマーの生物博物館や、教会などをいろいろと見ましたが、何よりも印象に残ったのはこのネコでした。



というわけで一泊二日のコストロマー旅行は終わり、夕方、長距離バスに乗って、真冬の古都を離れました。
長距離バスは夜行列車よりも本数が多いので、時間帯によってはこちらもおすすめです。

(市川透夫)

2016年9月19日月曜日

ロシアの古都へ ~ヤロスラヴリ~

ロシアを旅行するときの観光ルートに「黄金の環」というのがあります。
モスクワをはじめとする、ロシアの古い都が環を描くように並んでいます。
セルギエフ・ポサード(過去に記事あり)、ウラジーミル、スーズダリ、ヤロスラヴリ、ウーグリチ、ペレスラヴリ・ザレースキーなどなど、町ごとに特色があります。
定番は、モスクワ滞在のついでに、ウラジーミルとスーズダリをそれぞれ一日かけて見るというコースです。

私もロシア留学中に、ヤロスラヴリとコストロマーを訪れました。
今回は、ヤロスラヴリを紹介しようと思います。
ヤロスラヴリは、ロシアの古都として、歴史を伝える街でありながら、オシャレなお散歩スポットもいろいろあり、恋人や連れ合いと行くにもおすすめの場所です。

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ロシアの古都へ ~ヤロスラヴリ~
В Ярославль, древний русский город

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モスクワから汽車に乗って4時間。到着したのは昼の1時。

ヤロスラヴリは、ヤロスラフ賢公によって1010年頃に建てられた町です。この頃、日本では平安時代。1000年以上の歴史を持つ、ロシアの古都なのです。
建都1000年を記念して作られた広場。
あたりは音楽が流れ、
噴水がリズミカルに吹き上げます。

泊まったホテルには、入口にクマの置き物がありました。


実は、クマは、ヤロスラヴリの町の紋章にもなっています。

地面を探してみると、こんなところにも街のシンボルが。

1)キーロフ通り
市の中心にある歩行者天国です。お土産物の屋台が並び、路上パフォーマンスをする芸人もいるなど、モスクワでいうところのアルバート通りのような場所です。

2)預言者イリヤー教会
注目するべきは、教会の中の壁画です。宗教的な題材のものや、中世ロシア人の暮らしを描いたものなどが一面に描かれています。

とがった屋根のロシア式の教会。
比較的古い教会では、壁が白いものが多いです。

どの壁や天井を見ても絵が描かれています。

庶民の暮らし。

3)博物館『音楽と時間』
このお屋敷の主人は、収集が趣味だったようで、時計、ベル、レコード、蓄音機、オルゴール、石炭アイロンなどといったアンティーク雑貨のコレクションがぎっしりと並んでいて、なんだかジブリの映画を思わせる空間です。館員さんが館内ツアーをしていて、オルゴールを実演してくれます。



4)救世主変容修道院(スパソ・プレオブラジェンスキー修道院)
以前このブログでセルギエフ・ポサードの修道院をご紹介したと思いますが、こちらはセルギエフ・ポサードほど宗教的な色は薄くなり、むしろ歴史を伝える博物館になっています。

ここでもトンガリ屋根。
昔のロシアの町は、トンガリ屋根だらけだったと
言われています。

庭が非常にきれいなので、
結婚用の記念写真を撮っている花嫁花婿もいました。

古代ロシア文学の名作『イーゴリ軍記』が発見されたのはこの修道院内と伝えられています。


敷地内では、クマのマーシャが飼われています。ずっと檻の中にいるらしく、かなり退屈そう。

檻の中をひたすらぐるぐる回っていました。

修道院の敷地内には、お土産物屋さんやカフェもあります。
私が行ったときは、若き芸術家といった雰囲気の人が屋台を出し、木のおもちゃを売っていました。パズルみたいに組み合わせることができるおもちゃだったのですが、後でロシア人から聞いた話だと、ヤロスラヴリではそういったお土産をよく作っているのだそうです。

「メドヴィーク」というハチミツを使ったケーキです。

(おまけ)
このクマの像は、毎日決まった時間になると「ガオー」と吠えます。


これは、私が一泊二日かけてヤロスラブリで見たものの、ほんの一部です。
もっとゆっくりと、観光名所を回るには、3日か4日はあったほうがゆとりがあると思います。

(市川透夫)

2016年8月6日土曜日

「赤」の持つ意味

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「赤」の持つ意味
Красный цвет как символ

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以前、ロシアの作家アレクサンドル・グリンの小説『紅い帆』について書きましたが、
今回はそれに関連して、赤という色の意味についてです。ロシアの文化の中で、赤い色はどんな意味を持っているのでしょう。

ロシアで赤というと、つい共産主義やソビエト連邦を連想してしまいます。
ところが、実はそれは一面的な見方に過ぎません。

例えばロシアの民族衣装や伝統工芸品では、好んで赤が使われます。
赤とは、燃える炎の色であり、太陽やエネルギー、生命力の象徴でもあります。

モスクワの中心部には「赤の広場」と呼ばれる場所があります。この名前はどこから来たのかというと、別に赤かったからではありません。
確かに写真などを見ると、壁などが赤いレンガから出来ていて、文字通り「赤い」(ややこげ茶色)のですが、実はこれが名前の由来ではありません。
※そもそも昔はモスクワのお城は白い石でできていたりして、むしろ街が白かったらしいです。今でもモスクワのことを「白い都」と美称で呼ぶことがあるのはそのためです。

実は古いロシア語では、「赤い」という言葉は「美しい」という意味を持っていました。
そのため広場の名前も、本来は「美しい広場」という意味だったのです。

「美しい」という言葉と「赤」が同じ語源を持っているというところを見ても、赤という色が他の色にくらべて特別な意味を持っていると言えます。


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では、『紅い帆』という作品の中で、赤というよりは深紅というべき、鮮やかな赤色は、どのような意味を持っているのでしょう。

昔から人気の作家で、ソビエト時代から子供向けの作品として読まれています。

この本が評価された要因の一つに、赤い帆船というモチーフが共産主義をイメージさせるというのもあったかもしれません。
(他にも、明るく前向きな内容、作品の中でブルジョワが悪役を演じている、なども考えられます)。

しかし、もともと小説の内容自体に、共産主義的なメッセージは無かったといえます。
そもそもロシア語のタイトルを見ても、「共産主義」という意味で使われる「クラースヌイ」という単語はなく、かわりに「アールイ」という、古風な響きを持つ別の言葉を使っています。
「アールイ」はより正確には、明るく鮮やかな赤色を指しています。

本来、船に張る帆と言えば白です。それが赤くなったというだけで

物語に出てくる燃えるような鮮やかな帆は、社会主義革命というよりは、むしろロマンやファンタジー、夢の象徴であると言えます。

(市川透夫)

2016年7月31日日曜日

ロシア語で歌われた『恋のバカンス』


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『恋のバカンス』
"Каникулы любви"
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今年の5月に、双子デュオ「ピーナッツ」の伊藤ユミさんが亡くなりましたが、
ピーナッツの代表的な歌に『恋のバカンス』というのがあります。

この恋のバカンス、実はロシアでは有名な曲なのです。
あちらでのタイトルは、Каникулы любви(カニークルィ・リュブヴィー/恋のバカンス)。
いま書いたロシア語のタイトルで検索すれば聴けます。
歌詞の内容にも大きな違いはありません。

私の大学時代、ロシア語の授業で、先生がラジカセでこの曲をかけながら、「これはロシア人の感性に非常によくあっているのです」と言ったのを覚えています。それから、「ロシア人の心にしっくりくるあまり、ロシアの曲だと思っている人もいるくらい」。
実際、私のロシア人のツレは、この歌が日本の歌だということを知らなくて、驚いていました。

それにしても、海でのバカンスを歌った曲が、寒いロシアという国で有名になったのは、なんででしょう。
単なるエキゾチズムというより、ロシアの人々が抱く、海や、海でのバカンスにかける思いなども関係してくるかもしれません。

意外かもしれませんが、ロシアは夏はけっこうな暑さになります。モスクワやペテルブルグ、シベリアでも川や湖で水浴びをするのが人気です。

しかしなんといっても海は憧れ。ロシア人にとっての夏休み最高の過ごし方は、クリミアのような浜辺にいって、海水浴をすることではないか、と私は思います。俗っぽくいえば、これがもっとも「リア充」な夏休みです。

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『恋のバカンス』がどうやってロシアで広まったのかの詳しい話や、前回ブログで書いた『百万本のバラ』の秘密については、この本に書いてあります。

山之内重美『黒い瞳から百万本のバラまで ―ロシア愛唱歌集(ユーラシアブックレット)』東洋書店

(市川)

2016年7月17日日曜日

『百万本のバラ』はロシアの歌


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『百万本のバラ』
"Миллион алых роз"
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『百万本のバラ』といえば、歌手の加藤登紀子さんが歌っている曲です。

貧しい画家がいて、女優に恋をし、有り金をはたいて百万本のバラをプレゼントするが、
恋はかなわない、という歌です。

実は、これはもともとロシアの歌謡曲です。

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ロシアでは、ソ連時代にアーラ・プガチョーワという歌手が歌ったのですが、あちらでもかなり有名な曲なのです。

このアーラ・プガチョーワは、年齢的には中年ですが、芸能人だけあって見た目が若いです。今でもロシアの芸能界では影響力を持っているようで、向こうのタブロイド紙なんかでも写真がデンと一面に載っていたり、なんというか大御所のオーラをかもしだしています。

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『百万本のバラ』の、ロシア語でのタイトルは、『ミリオーン・アールィフ・ロース』といいます。
ミリオーンは英語のmillionと同じ、最後のロースも英語のroseと一緒です。
真ん中の「アールィフ」というのは、赤い、という意味なのですが、赤の中でも鮮やかなものを指し、「真っ赤」「真紅」という意味で使う、詩的な言い方です。

くしくも、前回のブログで『紅い帆(アールィエ・パルサー)』という小説を紹介しましたが、そこでも同じ単語を使っています。

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ところで、日本語の『百万本のバラ』で知られる加藤登紀子さんですが、最近テレビで見た情報では、新宿にあるロシア料理レストランのオーナーでもあるそうです。

なんでも、もとは加藤登紀子さんのお父さんが50年以上前に開いたお店で、昔は白系ロシア人のコックさんが、故郷の味をふるまっていたとのこと。

こんなところでロシアとのつながりがあったことが、やがて、あのヒット曲を歌うことにつながったのかもしれません。

ちなみに日本にはロシア料理のレストランがけっこうあるので、探してみると意外と近所にあったりします。

(市川)

2016年6月20日月曜日

小説『紅い帆』(A・グリン)


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『紅い帆』
原作 A・グリン
А. Грин "Алые паруса"
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 ロシアで二番目の都市サンクト・ペテルブルグでは、毎年6月に非常に大きなお祭りが開かれます。

 それは「赤い帆」と呼ばれる催しです。「宮殿広場」(エルミタージュ美術館の前の広場)でコンサートをしたり、花火を打ち上げたりします。メイン・イベントとして、街を流れるネヴァ川には、イベントの名前にもなっている「赤い帆」をつけた船が浮かべられます。私はこのお祭りには行ったことがないのですが、調べてみる限りかなり大規模なイベントみたいです。

 これは中学・高校の卒業生を記念するもので、ソ連時代、サンクト・ペテルブルグ(当時はレニングラード)で始まって以来、いまでも続いています。ロシアでは学年暦が9月始まり・5月終わりなので、卒業式が終わって間もないこの時期に行うわけです。

 私がロシアに留学していた頃はずっとモスクワにいたので、こんなお祭りがあるとは少しも知らなかったのですが、このお祭りのモチーフである『赤い帆』については書くことができます。

 『紅い帆』Алые паруса)というのは、ロシアの作家アレクサンドル・グリンの小説です。

 舞台は海辺にある町。ヒロインは、アソールという少女。このアソールは、想像力豊かで、個性的であるがために、街の人々からは変わり者扱いされています。しかし、アソールは子供のころからの夢を忘れないで、前向きに生きていました。

 その夢とは、子供だったアソールが、一人の老人から聞いた物語でした。紅い帆を張った船が、この海辺の町にやってきます。その船には王子様が乗っていて、アソールを連れて永遠の旅へと旅立つのです。

 果たして紅い帆を付けた船が、アソールの町にやってくるのはいつなのか。どんな運命が少女を待っているかというのは、小説を読んでのお楽しみです。

 ロシアでは有名な話で、子供時代に読んだことがあるという人は多いようです。

 この小説は、実は日本では原卓也先生が『深紅の帆』というタイトルで翻訳しています。原卓也先生というと、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を翻訳されてますが、こんな童話も訳してたんだなあ、という感想。

 しかし現在、原卓也訳『深紅の帆』は絶版になっているようです。ネット通販でも若干の在庫が残っているだけという状況です。Amazonでは3冊ぐらいありましたが、その内1冊は先日私が注文しちゃったので、残り2冊ですね。

 せっかく面白い物語なのに残念...ということで、ここだけの話、私(筆者)は、ほそぼそとこの小説を翻訳しています。

 誰か身近な人に読ませる、でもいいのですが、もしできたら売り物にしたいです...。そうすると権利とか法律の問題とかいろいろ調べなきゃいけなくて、非常に面倒なのです。作者グリンは何十年も前に没しており、翻訳権上の問題もないはずなので、たぶん大丈夫かな、とは思いますが。

 ここまであえて「赤い帆」といわずい帆」と書いたのも、私が翻訳するときあえてこの字を選んだためです。

 ということで、いつになるか分かりませんが『紅い帆』をいずれお目にかけたいと思います。

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ちなみにYou tubeでは、『紅い帆』の映画が見られます。
https://www.youtube.com/watch?v=5YzwW4hxrx4

(市川)

2016年5月5日木曜日

カチューシャをかぶったエカテリーナ


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ロシア愛唱歌『カチューシャ』
Песня "Катюша"
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ロシアの有名な歌でカチューシャというのがあります。

〽りんごの花ほころび 川面に霞たち
君なき里にも 春はしのびよりぬ
君なき里にも 春はしのびよりぬ

日本では歌声喫茶という場所でよく歌われているようです。ロシアの歌としては日本で最も有名な歌ではないでしょうか。
これはもともと民謡ではなく、作曲者も作詞者もはっきりしているソビエトの歌謡曲なのですが、あまりに広く普及したがために、ほとんど民謡化しています。

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ここでタイトルになっている「カチューシャ」というのは、頭につける髪留めのことではなく、女性の名前。
正式にはエカテリーナといいます。カチューシャは、その短い形です。

さてこの『カチューシャ』という歌は、戦場で、一人の兵士が恋人のカチューシャを思い出している、という内容。戦争が背景にある曲です。
ロシアでは、5月9日の戦勝記念日になると必ず歌われます。

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ところで、頭に留めるあの道具を「カチューシャ」というのは、どこから来たのでしょう。
ロシア語ではこの道具を「アバドーク(ободок)」というので、ロシア語の単語が日本に入ったわけでもなさそうです。

では、ここである有力な説を紹介しようと思います。あくまで一つの説に過ぎないことに注意しましょう。

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ロシアの文豪・19世紀文学の巨塔の一人、レフ・トルストイは、老年に『復活』という小説を書きました。
作品は発表後にすぐさま世界各地で翻訳され、映画が作られ、演劇にもなりました。
この物語のヒロインはエカテリーナ・マースロワ。もうお分かりの通り、愛称はカチューシャです。

さて、この小説の中でカチューシャが頭に例の髪留めをしたのか?というとそうではありません。小説にはそのような描写は無いのです。

ですが、トルストイの作がこの日本で、演劇として上演されたときのこと。ヒロイン役の女優が、頭にかぶりものをつけていました。当時は珍しかったけど、なんだかかわいくておしゃれなその飾りを、日本人はいつのまにかヒロインの名前にちなんでカチューシャと呼ぶようになったとさ。

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もしこの説が正しければ、髪留めのカチューシャはいずれにしてもロシアと深いかかわりがあるということが分かります。

(おまけ)
実は、日本語の中にはロシア語からきた単語はけっこうあります。

イクラ
(石油の)コンビナート
インテリ
アジト
(仕事などの)ノルマ
ペチカ
(文:市川透夫)