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神話
Мифология
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文学にはいろいろなジャンルがあります。小説や詩歌もありますし、このブログでは子供向けの作品や、フォークロアをメインに書いてきました。
ところが、まだ神話については一度もふれていません。
日本には、日本人に知られる神話がいろいろあります。
大国主命や、ヤマトタケルという名前は有名ですし、「いなばの白うさぎ」はよく絵本になっています。
では、ロシアにはそもそも神話があったのでしょうか。
その答えは、すぐには出せません。
今でこそロシアはキリスト教の国ですが、キリスト教がやってくる前の大昔のロシアには、土着の信仰がありました。日本人と同じように、自然界にいるさまざまな神様を崇拝していたのです。
ところが、ロシア文学の本や、記事をいろいろ見ても、具体的にどんな神話があったかについてほとんど分からないのです。
ときどき、昔のスラブ人が信仰していた神様の名前(ペルーンやヴェルス)というのが出てきても、それらが登場する物語や伝説について語る資料が、なかなか見つからないのです。
ロシアの神話ってどんなものだろう?
もっと、ギリシア神話みたいに誰誰という神様が誰誰と恋に落ちて、とか、そういうのはないのでしょうか?
と思っていたら、ちょうど、ロシア文学史の本に、神話についての記述がありました。
「...ところが、ロシアの場合は違います。ギリシャのように壮大な体系の神話も、アメリカ原住諸族のように混沌とした豊富な神話も、アフリカのある地方のようにフォークロアと密接に入り組んだ神話も、ロシアには(一般に、スラブ族には)ありませんでした。あるのは、フォークロアや伝説の中に散在する神話の断片だけです。」
(藤沼貴『ロシア文学案内』岩波文庫)
やはり、ロシア(やその他スラブ人)の神話といっても、かろうじて神様の名前がいくつかあがるだけで、私が期待している、ギリシャ神話や、日本の神話みたいな、壮大な物語は、どうもロシアには無いようです。
それでも、一つでいいから何か物語はないものかと探してみると、ロシアの学校で使っている国語の教科書に、神話についてのページがありました。
ただし、ここにも、残念な前置きがついていました。「スラヴ人の神話は保存されなかった。神話があるとしたら、それは研究者たちのメモや、一部の小説家たちの作品にバラバラな形で残っている。」とのことです。やはり、断片的な研究資料をつないで、作家たちが足りない部分を想像などで補って創作した『神話』がある、という程度のようです。
そして、一部の小説家が書いた神話の例として、こんなものが載せられていました。ブース・クレセーニ、「ロシアの知らせ」という本に入っている「大地の創造」という話です。
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「大地の創造」
明るい光が誕生するまでは、この世界は底なしの闇に包まれていた。暗闇の中にただ一つあったのが、ロード(ロシア語で「祖」「生まれ」の意味)という、私たちの最初の祖先である。ロードは天の神スヴァローグを産み、その中に強い魂を吹き込んだ。ロードはスヴァローグに、四つの頭を与えた。世界を見渡せるように。何ものも隠れることのできないように。世界で起こっているあらゆる事に目がとまるように。
スヴァローグはソーンツェ(太陽)のために、青い天球へと道を作りはじめた。その上を、日々が馬のように駆け抜けていけるように。朝がきたら昼間が燃えるように。昼間のあとに夜が飛んでくるように。
スヴァローグが空をただよいながら、自分の支配する世界を眺めていた。そこでは、ソーンツェ(太陽)が空を転がっていた。明るいメーシャツ(月)は星々を眺めていたが、その下ではオケアーン(大海)が広がっていて、波を打ち、泡を立てていた。スヴァローグは自分の支配する世界を全て眺めたが、ただ一つ、母なるゼムリャー(大地)が見つからない。
「ゼムリャー(大地)はどこだ?」スヴァローグはがっかりした。
そこでスヴァローグは気が付いた。オキアーン(大海)の中に、小さな小さな黒い点が見える。それは点ではなかった。それは、灰色の泡から生まれた、灰色のカモが泳いでいたのである。
「ゼムリャー(大地)がどこか、お前は知らないか?」スヴァローグは灰色ガモに尋ねた。
「ゼムリャー(大地)は私の下にあります。オケアーン(大海)の深いところに埋まっています。」
灰色のカモは三度オケアーン(大海)の中にもぐりこみ、三度目には、一握り分の土をくちばしにくわえてきた。スヴァローグはゼムリャー(大地)を掴むと、手の中でもみ始めた。
「赤きソーンツェ(太陽)よ、暖めておくれ、明るいメーシャツ(月)よ、照らしておくれ、風よ、激しい風たちよ、吹いてくれ!力を合わせて、土から、母なるゼムリャー(大地)を作りだそう、恵みの大地を...」
スヴァローグが土をこね、ソーンツェ(太陽)が暖めて、メーシャツ(月)が照らして、風たちが吹いた。風たちが、土をスヴァローグの手から吹き飛ばすと、土は青い海の中に落ちた。赤きソーンツェ(太陽)がそれを暖めると、殻をつけた母なるゼムリャー(大地)が焼き上がった。明るいメーシャツ(月)が、それを冷ました。
このようにして、スヴァローグは母なるゼムリャー(大地)を創造したのである。
(『文学 5年生 上巻』啓蒙出版より。)
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(文と訳:市川透夫)