2015年10月9日金曜日

イーストラ ~もう一つのエルサレム~

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イーストラ ~もう一つのエルサレム~
Истра. Новоиерусалимский монастырь
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ノーヴィ・イエルサリーム(新しいエルサレム)という変わった名前の場所があります。

 ロシアのニコン総主教という人物が、エルサレムをもう一つ作ろうという目的で修道院を建てたのが始まり。

 ロシアの教会といえば、モスクワのワシーリー大聖堂や、ウラジーミルのポクロフ・ナ・ネルリなど、デザインはいろいろでも、それぞれがどことなくロシアっぽい感じを出しています。

 しかしこのノーヴィ・イエルサリームの修道院は、どこか異国風です。色遣いにしても形にしても装飾にしてもちょっと趣が違う。

 これを建てるために、くだんのニコン総主教というお坊さんは、エルサレムの聖堂を真似するために、当地に使者を遣わしました。

 エルサレムといえば、イスラエルの首都であるとともに、キリスト教、イスラーム、ユダヤ教の三つの宗教の聖地。

 総本山の名を冠した修道院を建てるのは、かなり壮大な話に見えます。しかし、ロシアにはこの時、「モスクワは第三のローマ」であるという考え方がありました。世界史には、ローマ帝国とビザンツ帝国という、キリスト教を信仰する二つの大きな帝国があります。しかし二つとも滅びてしまいました。

 一方、正しいキリスト教を守るロシアは、滅びることなくこれからも存続しつづけるであろうと考えられました。モスクワは、ローマを継承する、第三番目の帝国なのです。こうなるとロシアはもう、たんなる辺境の国などではない。正統なイエスの教えを信じる、大きな強い国となるわけです。

 さて、そんなロシアの「イエルサリーム」は、モスクワから電車で一時間半のイーストラという田舎町にあります。


どこかほかの教会と違う気がする...



 どこもかしこも修理中。
堂内も完成しておらず、聖障(イコノスタス)の絵は取り外されたまま。
「復活大聖堂」の中を見学することに。

 修道院敷地内はこのころ、全面的な修理中で、聖堂内も工事が未完成。その上なぜか警備員が歩き回って、トランシーバーで連絡を取り合ったりしているので、あまり神聖な場所という雰囲気がありませんでした。

 途中で、一本の通路が奥に向かって伸びているのが見えました。通路の先には小部屋があり、そこに向かって人が列を作っていました。どうも、この小部屋の中には一人ずつしか入れないようで、順番にゆっくり列が進んでいきます。そして中に入った人は、一点を見つめて十字を切っている。一体何があるのでしょう。

 私も列に並び、神聖な場所にいるという緊張から少し硬くなりながら、この小部屋に入ってみました。しかしその先には何もありません。仕切られた先に、棺桶のおけそうな空洞があるのですが、棺桶があるわけでもありません。聖人の肖像画が飾られているのでもないのです。あれは何だったのでしょう。
 
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◆ノーヴィ・イエルサリームの修道院への行き方◆

モスクワ・リーシスキー駅(Рижский вокзал)から郊外列車エレクトリーチカで「ノヴォイエルサリームスカヤ」(Новоиерусалимская)へ。一時間半ほど。そこから徒歩で街道を歩いていくと、丘の上にある。隣には木造建築公園があって、木造の風車小屋などがみられる。

※郊外列車エレクトリーチカの時刻表はよく確認しておくことをお勧めします。目的地によっては、線路が分岐しているなどで思ってもいない方向に電車が行く可能性があります。このイーストラに行く場合は特にそうです。
時刻表は、検索サイトで「расписание Москва Истра」などとキーワードを打つと調べられます。

(写真と文:市川)

2015年10月5日月曜日

巡礼の地セルギエフ・ポサード

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巡礼の地セルギエフ・ポサード
Сергиев Посад
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ロシアの街で、今でも教会や修道院を見て、そこでお祈りをする人々を見かけると、ロシアがやはりキリスト教の国であるという強い印象を受ける。

 信仰心の篤いクリスチャンは、巡礼のために、このモスクワ郊外の町セルギエフ・ポサードを訪れる。目指すのは、トロイツェ・セルギエフ大修道院

 ここは、『黄金の環』の町として観光客が多く訪れる。その一方で、大司教座がおかれた、宗教上でも重要な場所である。訪問者は十字を切ってお祈りを捧げている。ときどき、黒いローブを着た、髭を生やした男性を見かける。年を取っているのは聖職者、若いのは神学校の生徒たち。

 セルギエフ・ポサードの始まりは、1392年に没した聖人セルギー・ラードネシスキーの建てた修道院。聖セルギー・ラードネシスキーは禁欲に身も心も捧げた聖者として、ロシアの教会では深く崇敬されている。何もないところに川ができたり、森の中でクマを追い払ったなど、数々の奇跡が伝えられている。

 聖セルギーははじめ、何もない森だった場所に修道院を立てた。ここに信徒が集い、寄付や布施が集まりながら、次第に町へと発展していった。その結果、セルギエフ・ポサード(セルギ-の町)が現れた。

 この町へ行くには、モスクワから郊外列車で1時間30分ほど。

 セルギエフ・ポサード駅を降りて少し歩くと、川を隔てて、丘の上に立つトロイツェ・セルギエフ修道院が見えてくる。


 私が訪れた2014年は、聖セルギーの生誕700周年ということで、催しも開かれていたようである。


 敷地の中にある最も大きな教会、「ウスペンスキー聖堂」。モスクワのクレムリンにも同名の教会があったが、ウスペンスキーというのは、聖母マリアの就寝を意味する。


 聖堂のわきにはボリス・ゴドゥノフの家族の墓がある。

 私が訪れた時間は夕方の4時。聖堂の中ではお祈りが行われていた。それまでもロシアの教会をいくつも見学してきたが、このセルギエフ・ポサードは、くらべものにならないほど訪問者が多い。

 中で、クリスチャンと並んで立ち、日本人の私は少し肩身の狭い思いをしていた。

 教会と言ってパイプオルガンを思いだすが、ロシア正教では楽器は使われない。祈祷は全てアカペラで行われる。司祭が祈りを読み、時どき声楽隊が後に続く。ときどき、信徒たちが十時を切って頭を下げる。祈祷の中で、ひたすらある一つの句が繰り返された。後で家に戻って調べると、それが「神よ赦したまえ」を意味するのだと知った。

 もう30分ほど経っただろうか、聖堂内いっぱいに立っていた信徒たちが、通り道を開け始めた。と開いたかと思うと、こんどは聖職者が、大きな鈴を手に持ち、それを振り子のようにして振りながら、堂内を歩き渡った。鈴からは煙が立っており、私の前を通ったとき良い香りがした。聖職者がひとめぐりすると、再び道はふさがり、さきほどの祈りが始まった。

 おそらく1時間以上たっただろうか。私は立っていられず、教会の外へ抜け出した。土曜日のこと。おそらくあれは、日曜日の朝まで続くものだったのかもしれない。

 さてここは宗教的な場所でありながら、観光地でもある。
 敷地内には土産物屋があって、聖書や、イコンと呼ばれる聖人の肖像画、さらには置き物やアクセサリー、カレンダーのような一般の品物も売っている。それから、多くの教会でそうであるように、パン屋がある。ガイドブックだと、ここでハチミツパンを買うことをお勧めしてあったりして、なんだか雰囲気が軽い。

 教会を保つためにもお金はやはりいるわけで、募金や販売で寄付を集めているはずである。このことを思うと、「経営」というおよそ宗教とは不釣合いな言葉が頭に浮かんでくるが、おそらく考えすぎであろう。

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セルギエフ・ポサードへの行き方

モスクワ・「ヤロスラヴリ駅」(Ярославский вокзал)から郊外列車エレクトリーチカで「セルギエフ・ポサード」(Сергиев Посад)で下車。一時間半程度。駅から10分ほど歩くと、トロイツェ・セルギエフ大修道院が見える。

(写真と文:市川)

2015年10月3日土曜日

メリホヴォ ~チェーホフの暮らした家~

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メリホヴォ ~チェーホフの暮らした家~
Дом-музей Чехова в Мелихово
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 作家の太宰治が好きな人が、東京からはるばる青森県にある太宰治記念館を訪ねるという話を聞いて、「好きな人はそれくらいするものだなあ」なんて感心する。

 そんな私が、ロシアの文豪チェーホフの記念館を訪ねるために、わざわざロシアのメリホヴォ村まで行ったわけだが、別にチェーホフの本を全部読んだわけでも、チェーホフが一番好きな作家というわけでもない。しかしモスクワに留学中のこと。電車で1時間半で行けるということで、ある春の日、週末を使って出かけたわけである。結論としては、作品に通暁しない私でも、100年前のロシア人の暮らしが分かるだけで面白いし、なにより屋敷や庭園がきれいなので、休日の散歩にぴったりである。

 「チェーホフの家博物館」に行くには、汽車を下りた後、さらにバスに乗って、街の外に出なければならない。そこはもうメリホヴォ村という田舎で、人も滅多に歩いていない。私が間違えて人の家に入ろうとしたが、そこから熊みたいなロシア人が出てきたので、道を尋ね、言われたままに進むと、文豪の家はあった。

 私がここを訪れたのは5月、ちょうど春の天気の良い日だったので、新緑が明るく、庭には花が咲いていた。
 写真の奥に、アントン・チェーホフの銅像が見えるかと思う。

 さて、「家」などといっているが、実際ここは、大きな敷地のなかに、庭や、屋敷や、作業小屋や、女中が住んでた離れなどの建物が点在する、一つの公園といった方がよいかもしれない。昔のロシアで階級がそこそこあったので、屋敷もこれぐらい大きいらしい。


訪問者は少なく、静かだった。


 作家はこの家で執筆を行っていたとのこと。


小説『カシタンカ』に登場する犬。

 
診療所

 チェーホフは、作家であるより先に医者だった。メリホヴォに居を構えていた間も、農民の診察を行っていたとのこと。

 この診療所では館員の人に、「医者としてのチェーホフ」というビデオを見せてもらえる。たまたま隣に座っていた老夫婦が、館員と「おもしろかったですねえ」「気に入りました」などと話していたのが、博物館の雰囲気を物語っていた。

 チェーホフがこの村に住んでいたのは、8年間のこと。この後は、持病の療養のために、気候の温暖なヤルタにいることが増える。44歳だった1904年、結核のため没した。

 博物館を離れるときは、バスの時間を確認しておかなければならない。一時間に一本来るかこないかである。しかも周りには、時間をつぶせるようなお店や喫茶店もほとんど無い。

 ちなみに、チェーホフの家博物館は、モスクワ中心部にもある。都市での活動を伝える資料や、作家のサハリン視察旅行の記録が展示されている。
 
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メリホヴォ「チェーホフの家博物館」までのアクセス

モスクワ・「ベラルーシ駅」(Белорусский вокзал)から郊外列車エレクトリーチカで「チェーホフ駅」(Чехов)まで。一時間半程度。電車を降りたら、バスターミナルで25番のバスに乗る(バスの番号は変わるかもしれないので尋ねるといい)。「メリホヴォ」停留場(Мелихово)で降りると、すぐそこにある。

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私がバスに乗った時の珍事を一つ。
通常モスクワ市内のバスは、入り口で切符やICカードで清算を行う。しかしほかの都市では、バスの中に車掌がいる。この車掌にお金を払うと切符を渡される。日本ではもう車掌さんのいるバスなどないので、私には新奇である。
さて、私はこの仕組みがわからなかった。どこで切符を買えばいいのかもよくわからず、とりあえずバスに乗り込んで、隣の人に尋ねてみた。
「切符はどこで買えますか?」
「え?」
「切符...」
「あー、」
この人、肌が薄黒く、髪が黒い。明らかに、中央アジアから来た出稼ぎ労働者であった。私の質問を理解してもらえなかったのは、あんまり内容が突飛だったからなのかと思ったが、後でロシアの友人に聞いたところ、「あんまりロシア語を知らなかったのでは?」と笑っていた。
そうこうしているうちに、バスは客が埋まっていき満員。出ようにも出られなくなっていった。だが車掌が後から入って、一人ずつお金を集めて行っていたので、ようやく仕組みを解しほっとひといきしたわけである。
車内アナウンスなどという設備はない。その車掌さんが、停留所の名前を一つ一つ叫んでいく。
バスは市場のあった中心部を離れ、どんどん田舎へと出ていく。
私はガイドブックを開き、バス停の名前を確認した。途中で、アジア人は私の本を見て、「中国語か」と尋ねた。私は「日本だ」と言った。アジア人は、一体日本という国を知っているのか知らないのか、「ああ」と返事をしたばかりであった。間もなくアジア人は降りた。
車内は人が少なくなった。
「メーリハヴァ!」Мелихово!と叫んだところで、ここだ!と思った私は降りたわけである。
(文と写真:市川)

2015年9月30日水曜日

ラーメンスコエは楽しい町

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ラーメンスコエは楽しい町
Раменское
 
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 ロシアに旅行した際の定番は、モスクワや、第二の都市ペテルブルグです。これに加えて、モスクワ周辺に点在する「黄金の環」と呼ばれる古都群 ― セルギエフ・ポサード、ウラジーミル、スーズダリ、ロストフ・ヴェリーキーなどなど...を見て回るのが、通常の旅行者のコースです。

 ですが今回は、そんな一般の旅行コースとは全くはずれたマイナーな町を紹介しようと思います。

 それが首都から42キロ離れた、ラーメンスコエ市です。(※ラーメンとは無関係)

 あらかじめ断ると、この町については、情報の多くを『路上のミュージアム~モスクワのモニュメントが秘めた物語~』(群像社)に頼っているので、これから書く旅行記も内容がかぶってしまいますが、それでもこの町は、旅行や留学などでロシアを訪れた際にお勧めできるスポットなので敢えて紹介しようと思います。

 首都の中心部から42キロ離れたこの郊外の町は、東京でいうなら三鷹や立川といったところ。ロシアにおいても、日本でいうドーナツ化現象が起こっているようで、学校や仕事場は街の中心部でも、住む場所は郊外というケースが多いです。ともかくこの郊外の町ラーメンスコエは静かですがきれいで、のんびりした気持ちでお散歩できます。

 駅を降り、街を数分歩いて行くと、まず目につくのはこのようなペイントがされた建物。

マクドナルドもある
(写真は筆者撮影)

 建物に、虹が描かれています。これらは一般の住民が住むアパートですが、あちこちでこのように虹、ないしは虹をイメージしたカラフルな色どりで塗られています。

 そうでない建物でも、壁画が書いてあったり、薄いピンクや緑など、無機質な日本の住宅とはちがうかわいらしさがあります。

 さて、この街にはもう一つの特徴があります。それは、通りを歩くとしばしば見かける、銅像。


ロシアマニアにおなじみ
ロシアの代表的なアニメ、チェブラーシカと仲間たち。この町にはほかにも『プロストクワーシノ村』や、『くまのプーさん』といったアニメの仲間が、銅像となって町のどこかに立っています。アニメ以外にもプーシキンの詩に登場する『学者ネコ』などマニアックなのがあります。面白いモニュメントを探すのも、ラーメンスコエ散策の楽しみです

 都会の賑やかな雰囲気を浴びたり、観光名所を回って動きまわることに疲れたら、このような静かな町を訪れ、のんびり写真をとりながら歩いてみるのも良いと思います。

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◆ラーメンスコエへの行き方◆

モスクワ市内のカザン駅(Казанский вокзал)から、エレクトリーチカと呼ばれる郊外列車に乗り、ラーメンスコエ駅(Раменское)で降ります。所要時間は約1時間14分、一時間に2、3本ほど電車が出ています。往復切符は2015年当時160ルーブル(550円程度)でした。
(筆者:市川)

2015年9月27日日曜日

ロシアのキングギドラ:ズメーイ・ゴルィーニチ

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ズメーイ・ゴルィーニチ
Змей Горыныч
 
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 ロシアのおとぎ話に登場する最も恐ろしいかもしれない怪物が、ズメーイ・ゴルィーニチЗмей Горыныч)です。「蛇」「竜」「ドラゴン」などいろいろな訳がありますが、今回はロシア語の単語をとって、簡単に「ズメーイ」と呼ぶことにします。

 その名前が、現代ロシア語のヘビ(ズメヤー)の元になっていることからも分かるように、蛇の体がベースなのですが、そこに手足と羽が生えていて、頭は三つ
 

 こんなのが火を吹いてくるわけで、それだけでも恐ろしいのですが、体が蛇であることを考えると気持ち悪くもあります。

 形としては日本の映画に出てくるキングギドラとそっくりなので、さしづめロシアのキングギドラといったところ。ロシア人から見ればキングギドラが日本のズメーイですが。しかもズメーイの方が歴史が古い。

 ズメーイ・ゴルイーニチはしばしば、おとぎ話の中では、ヒロインをさらう悪役として出てきます。一体、お姫様をさらって何にしたいかというと、たいていは美しいお姫様をお嫁にとるか、女性の柔らかい肉を食べてしまおうという目的です。どちらにせよ、こんな気持ち悪い生き物の妻になったり食べられたりするのですから、不愉快極まりない。

 ちなみにお姫様を連れ去るだけあり頭が良く、言葉を喋ります。ガオー!だけではないわけです。

 というわけで王子様も負けていられず、お姫様を救いだすため、ズメーイをやっつけに旅立ちます。

 さて王子様も、このズメーイを倒すために大変な奮闘を見せます。王子様がズメーイをやっつける昔話は複数のバリエーションがありますが、ときに一匹倒しただけでは終わらないケースがあります。例えば、最初に頭が三つのズメーイをやっつけたかと思うと、今度は頭が6本あるズメーイが現れ、それをやっとやっつけたかと思いきや、次には頭が9本あるズメーイが出てきたり、とここまでくると思わず笑ってしまいますが、一匹であれ複数匹であれ、晴れてズメーイをやっつければ、王子様はお姫様を救出し、めでたく二人は結婚するというハッピーエンドが待っています。

 こうして、王子様がお姫様を助けるという昔話の大筋を見てみると、テレビゲームのドラゴンクエストをはじめ、様々な冒険物語と一致します。現在でも、さまざまな冒険物語がありますが、大本をたどっていくと、どこかの国の昔話に行きつくわけです。やはり人類の創作物語は、フォークロアに起源があるのか、などと考えさせられます。

 ちなみに頭が複数あるヘビと言えば、思いつく限りではこのズメーイやキングギドラの他に、ギリシャ神話のメデューサや、日本神話のヤマタノオロチがあります。こういう生き物を見るたびに思うのは、もし複数ある頭が、たがいにケンカを始めたらどうなるのかなということです
(文:市川)

2015年9月22日火曜日

不死身のコシチェイ

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不死身のコシチェイ
Кощей-бессмертный
 
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 不死身のコシチェイКощей бессмертный)は、ロシアのおとぎ話でも、バーバ・ヤガーに並ぶ代表的な悪役です。バーバ・ヤガーは鬼ばばあということで女性でしたが、こちらは男性の妖術師ということで、さしづめ鬼じじいです。

 コシチェイという名前が、ロシア語の骨(コースチ)を連想させることから、しばしばドクロの形で描かれます。ドクロでないとしても、骨の形が分かるぐらい痩せた醜い姿をしているということで大方のイメージは一致します。

『不死身のコシチェイ』V.ヴァスネツォフ作
 
おとぎ話のコシチェイは、王子様から、お嫁さんを連れ去らってしまいます。というわけで、王子様はお嫁さんを取り返すべく、コシチェイを退治しにいくわけです。

 さて、どうすればやっつけられるでしょうか。その秘密は、物語の中で次のように説明されます。

 「海の向こうに島がある。島には一本のカシの木が生えている。そのカシの木の下には箱が埋まっている。その箱の中にはウサギがいる。ウサギを殺すと中からアヒルが出てくる。アヒルを殺すと卵が出てくる。その卵の中には針がある。その針の先に、コシチェイの命が入っている。」

 コシチェイは妖術師。普通に剣で体を切っても殺せません。コシチェイの命は、別のところ ― 針の先 ― にあるからです。

 箱→ウサギ→アヒル…という入れ子構造になっているあたり、ロシアの人形マトリョーシカみたいです。別に関係はありませんが。
 「針」「ウサギ」などという物体の選び方も、凡人の発想を超えている(と私は思うのですが...)。  
 とにかく、昔話を紡ぐ人たちの自由な想像力を感じさせます。

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不死身のコシチェイが登場するアニメ、『カエルの王女』
カエルの王女はロシアでは学校の教科書に載るくらい有名な昔話です。

https://www.youtube.com/watch?v=OaQRxJTq_8c
(文:市川)

2015年8月17日月曜日

バーバ・ヤガーについて

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バーバ・ヤガー
Баба-Яга
 
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 ロシアのおとぎ話の中でも悪役の代表格、バーバ・ヤガー(ヤガーばあさん)。人間を食べてしまう鬼ばばあなので、向こうでは、「悪いことすると、バーバ・ヤガーに連れ去られますよ」なんて言って子供をしつけている家庭もあるとか。ちなみにうちの母は「ヤマンバが来るよ」といって脅していました。

 バーバ・ヤガーは、ロシアの森にすむ魔女です。日本人の魔女のイメージは、黒い服で帽子をかぶって、ホウキに載って空を飛ぶイメージがあります。いっぽう、ロシアの魔女は木の臼に乗って空を飛び、自分の飛んだ跡をホウキで掃いて消しています。こんな姿で、子供を連れ去らいにやってきます。あんまりイメージがわきづらいので、誰か絵にしてないかなーと思ったのですが、画家のヴィクトル・ヴァスネツォフのこんな作品がありました。

 
『バーバ・ヤガー』(1917年)

 確かに木の臼に乗って空を飛んでいます。ついでに女の子を連れさらっています。ただし、おばあさんというよりは、おじいさんに見える。

 では、この鬼ババアは、子供をさらって、自分の棲み家まで連れていくのですが、住んでいる家にも特徴があります。

 バーバ・ヤガーの家は、森の奥にある「ニワトリの脚がついた木の家(избушка на курьих ножках)」と言われています。田舎の丸太小屋に、そのままニワトリの脚が付いているわけです。脚が付いているということで、同じ場所をくるくる回ったり、動いたりします。奇想天外、あるいは、いまの感覚でいう「シュール」といったところでしょうか。

 
(撮影場所:ロシア連邦コストロマー市、木造建築博物館)

 ニワトリの脚がついた木の家を、再現したものです。森の奥に、こんな家を構えて怪しく暮らしているわけです。ちなみに、おとぎ話の中では、この家を囲む柵が、人の骨でできていたりして、非常におそろしいわけです。ただしニワトリの脚が付いているのがヒョウキンというか、あんまり怖すぎないというか。

 おとぎ話ということで、伝承のされ方にも地域差があるので、バーバ・ヤガーについて調べていると、これはなかなか一筋縄ではいかないなーと思いました。が、このロシアの魔女についての大まかなイメージは大体以上のようです。

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バーバ・ヤガーについて知ることができる絵本

『バーバ・ヤガー』 アーネスト・スモール著、ブレア・レント絵、こだまともこ訳
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BB%E3%83%A4%E3%82%AC%E3%83%BC-%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%83%88-%E3%82%B9%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%AB/dp/4924938912
 
(筆者・市川)