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巡礼の地セルギエフ・ポサード
Сергиев Посад
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ロシアの街で、今でも教会や修道院を見て、そこでお祈りをする人々を見かけると、ロシアがやはりキリスト教の国であるという強い印象を受ける。信仰心の篤いクリスチャンは、巡礼のために、このモスクワ郊外の町セルギエフ・ポサードを訪れる。目指すのは、トロイツェ・セルギエフ大修道院。
ここは、『黄金の環』の町として観光客が多く訪れる。その一方で、大司教座がおかれた、宗教上でも重要な場所である。訪問者は十字を切ってお祈りを捧げている。ときどき、黒いローブを着た、髭を生やした男性を見かける。年を取っているのは聖職者、若いのは神学校の生徒たち。
セルギエフ・ポサードの始まりは、1392年に没した聖人セルギー・ラードネシスキーの建てた修道院。聖セルギー・ラードネシスキーは禁欲に身も心も捧げた聖者として、ロシアの教会では深く崇敬されている。何もないところに川ができたり、森の中でクマを追い払ったなど、数々の奇跡が伝えられている。
聖セルギーははじめ、何もない森だった場所に修道院を立てた。ここに信徒が集い、寄付や布施が集まりながら、次第に町へと発展していった。その結果、セルギエフ・ポサード(セルギ-の町)が現れた。
この町へ行くには、モスクワから郊外列車で1時間30分ほど。
セルギエフ・ポサード駅を降りて少し歩くと、川を隔てて、丘の上に立つトロイツェ・セルギエフ修道院が見えてくる。
私が訪れた2014年は、聖セルギーの生誕700周年ということで、催しも開かれていたようである。
敷地の中にある最も大きな教会、「ウスペンスキー聖堂」。モスクワのクレムリンにも同名の教会があったが、ウスペンスキーというのは、聖母マリアの就寝を意味する。
聖堂のわきにはボリス・ゴドゥノフの家族の墓がある。
私が訪れた時間は夕方の4時。聖堂の中ではお祈りが行われていた。それまでもロシアの教会をいくつも見学してきたが、このセルギエフ・ポサードは、くらべものにならないほど訪問者が多い。
中で、クリスチャンと並んで立ち、日本人の私は少し肩身の狭い思いをしていた。
教会と言ってパイプオルガンを思いだすが、ロシア正教では楽器は使われない。祈祷は全てアカペラで行われる。司祭が祈りを読み、時どき声楽隊が後に続く。ときどき、信徒たちが十時を切って頭を下げる。祈祷の中で、ひたすらある一つの句が繰り返された。後で家に戻って調べると、それが「神よ赦したまえ」を意味するのだと知った。
もう30分ほど経っただろうか、聖堂内いっぱいに立っていた信徒たちが、通り道を開け始めた。と開いたかと思うと、こんどは聖職者が、大きな鈴を手に持ち、それを振り子のようにして振りながら、堂内を歩き渡った。鈴からは煙が立っており、私の前を通ったとき良い香りがした。聖職者がひとめぐりすると、再び道はふさがり、さきほどの祈りが始まった。
おそらく1時間以上たっただろうか。私は立っていられず、教会の外へ抜け出した。土曜日のこと。おそらくあれは、日曜日の朝まで続くものだったのかもしれない。
さてここは宗教的な場所でありながら、観光地でもある。
敷地内には土産物屋があって、聖書や、イコンと呼ばれる聖人の肖像画、さらには置き物やアクセサリー、カレンダーのような一般の品物も売っている。それから、多くの教会でそうであるように、パン屋がある。ガイドブックだと、ここでハチミツパンを買うことをお勧めしてあったりして、なんだか雰囲気が軽い。
教会を保つためにもお金はやはりいるわけで、募金や販売で寄付を集めているはずである。このことを思うと、「経営」というおよそ宗教とは不釣合いな言葉が頭に浮かんでくるが、おそらく考えすぎであろう。
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セルギエフ・ポサードへの行き方
モスクワ・「ヤロスラヴリ駅」(Ярославский вокзал)から郊外列車エレクトリーチカで「セルギエフ・ポサード」(Сергиев Посад)で下車。一時間半程度。駅から10分ほど歩くと、トロイツェ・セルギエフ大修道院が見える。
(写真と文:市川)
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