2023年1月20日金曜日

ヴィイ

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『ヴィイ』 N.V.ゴーゴリ

Вий

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ロシア語版『ヴィイ』の表紙。
ウクライナの村娘。しかしこの青白い顔は・・・?

 現ウクライナ出身の小説家ゴーゴリというと、『鼻』『外套』といったペテルブルグを舞台にした作品が有名ですが、これとは対照的に、故郷ウクライナを舞台にした、いわゆる「ウクライナもの」の作品も著しています。

『ディカニカ近郊夜話』(上巻「ソロチンツィの定期市」「イワン・クパーラの前夜」「五月の夜または水死女」「消えた手紙」/下巻「降誕祭の前夜」「恐ろしき復讐」「イワン・フョードロヴィッチ・シポニカとその叔母」「魔法にかかった土地」)

 この二巻にまとめられた諸作品は、ゴーゴリが初期に発表したもので、当時ロシアでウクライナのエキゾチズムに対する流行があったことから、好評で迎えられました。

 もう一冊、このようなものがあります。

『ミルゴロド』(「むかしの人」「ヴィイ」「タラス・ブリバ」「イワン・イワノヴィッチさんとイワン・ニキフォロヴィッチさんが喧嘩した話」)

 こちらは『ディカニカ』に比べると、それぞれの物語がばらばらの時代・舞台・世界観を取り上げているので、より独立性が高い作品群になっています。

 『ディカニカ近郊夜話』のうちいくつかについてはこのブログで過去に取り上げましたが、ここでは『ミルゴロド』のうちの一つ「ヴィイ」について述べます。

 題になっているヴィイとは化け物の名前で、原文には著者自身の注釈で「民衆の創造物」と書いてありますが、実際にはゴーゴリの発想と考えられます。

 主人公はホマー・ブルートという神学校の学生です。夏休みに同じ学校の仲間たちと故郷へ帰るとちゅう、ホマー君は魔女に襲われます。このとき、魔女にけがを負わせてなんとか振り切りました。(以下、作品の結末を記述してありますので、知りたくない方は***まで飛ばすことをお勧めします。)

 さて、ある村についたホマー君は、そこの村長の娘が亡くなったと知らされます。そこで、弔問に訪れ、娘の亡骸を見たホマーはあることに気づきます。死んだ娘というのが、あの時傷を負わせた魔女だったのです。神学生は恐れをなしました。

 悲しみに暮れる村長ですが、神学校の学生が来たということで、弔いのお経を頼みます。それは、三夜連続、夜からニワトリが鳴く明け方までお祈りを続けるというものです。

 ホマーはどんなに嫌がっても、逃げ出すこともできず、結局お経を読むことになりました。すると娘、すなわち魔女は棺桶ごと宙を飛びまわったり、起き上がって襲ってきたりします。魔女のほかにも多くの妖怪が出てきて、最後にはヴィイが登場し、ホマーは魂を抜かれて死んでしまいました。

 ホマーの死因は信心が足らなかったことだと作中で説明されていますが、実際ゴーゴリが宗教的なもの、キリスト教の理想に対する敬意が強かったということが表れています。

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 作品中ではほかに、神学生たちが劇を披露するという内容が語られますが、実際に帝政ロシアでは、宗教的な劇をやったのは神学校の生徒たちだったという事情があります。三夜弔いの祈祷をあげるというのも、スラブ人の民話に同様の筋があるものです。

 全体的には、魔女や妖怪が姿を見せて登場するという意味では、『ディカニカ近郊夜話』に並んで民話的な色彩が濃いといえます。(その他の『ミルゴロド』に収められた作品、たとえば「むかしの人」などは怪奇の要素がそこまでは強くありません。)

<この作品を読むなら>

「ヴィイ」を日本語で読める本はあまり多くありませんが、このようなものが出版されています。

ちくま文庫『世界幻想文学大全 怪奇小説精華』東雅夫編(https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480430120/

河出文庫『ロシア怪談集』沼野充義編(https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309467016/

現在では稀覯本ですが、1984年に金の星社から、子ども向けにリライトされた次のようなものも出ています。

(世界こわい話ふしぎな話傑作集12ロシア編)『魔女の復讐』田辺佐保子訳・文(https://www.kinnohoshi.co.jp/search/info.php?isbn=9784323006628

 やはりゴーゴリの幻想的な世界観はわくわくさせるものがあり、子どもたちにぜひ語り聞かせたい、ということで、『ヴィイ』を初め、『五月の夜』『降誕祭前夜』など、このような児童書として出版することが過去にも数多くされています。

<映像で観るなら>

 この物語はソビエト時代に映画化されており、YouTubeの映画製作会社の公式チャンネルで鑑賞できます。

1967公開 "Вий" https://www.youtube.com/watch?v=Amh3uudVMBo

 新たに作られたものもありますが、かなりアレンジされているので、原作とは違うものとして楽しんだほうがいいでしょう。

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